フォークランド戦争について
フォークランドのフランスとイギリスの争いに
こんなに深い意味があったとは知りませんでした。
1764年にフランスが東フォークランドにあるバークレー湾の入り江に入植し、後にポール・サン・ルイ (Port St. Louis) と名づけられた。1765年、フランスとは別にイギリスの艦長ジョン・バイロンが東フォークランドのサン・ルイに気づかないまま、西フォークランドにあるソーンダース島の港にポート・エグモント (Port Egmont) と名づけ、諸島のイギリス領有を主張した。フランスとイギリスによる植民地拡大の背景には七年戦争など両国の対立関係に起因し、両国にとって争いは不毛だったが、戦略上重要な領有権を獲得するために派遣できる艦隊を保有していた。
1767年にフランスがフォークランド諸島から撤退することに同意した。一方でスペインが領有を装ってサン・ルイをプエルト・ソルダッド (Puerto Soledad) へと名を改めさせ、1770年にブエノスアイレスからフリゲートに海兵隊を乗艦させ、ポート・エグモントに上陸した。兵力で劣るイギリス軍は降伏した。フランスの支援を受けられなかったスペインと北アメリカで高まっていた緊張(アメリカ独立戦争)に備えていたイギリスは戦争を避け、領有権の放棄こそしなかったがエグモントのイギリス軍は1976年に解散した。1811年には南アメリカでの独立運動とイギリスの圧力を受け、スペインの移民もフォークランド諸島から撤退したが、スペインも領有権の主張は維持した。スペインが撤退した後はアメリカとイギリスの軍艦や捕鯨船が悪天候時の避難港として頻繁に島を利用した。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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